【ベトナムジッポー6】マックァ~!!

マンゴーと寝るおばちゃん.jpg
(ベトナムにはシエスタの習慣がある。おばちゃんが来ているのが『アオババ』)


またこんなこともある。

店先でいいなと思う商品を眺めていると、ハイ来たおばちゃん登場。ひっつめ頭にアオババというパジャマみたいな着物を着て、サンダル履きで現れる店の女将(おかみ)だ。

「これいくら?」
「いくらなら買う?」
「……5ドルくらいかな」
「5ドル!? 冗談じゃないよ!」

いくらなら買う? と訊くから自分の値踏みで答えたのに「そんな値段言いやがってお前は馬鹿なのか!? 」的なリアクションで来るところが腹立たしい。

「じゃあいくらなのよ」
「12ドル」
マックァ~!(高い)」

サイゴンに到着して最初にシュウから教わったのがこの「マックァ~!」というベトナム語。こいつを思いきりしかめっ面で叫べと。どんな買い物をするときも必ずやれと言われた。そうしておいて相手がひるんだところで値段交渉にとりかかるのだと教わったのだが、女将にひるんだ気配はない。

「だってそれ本物なの?」
「本物に決まってるだろ! だから高いのさ!」

おととい来やがれとでもいうように失礼な手振りで追い払われる。
ところが翌日顔を出すと、女将は作り笑顔でいそいそやって来て、ちょっと甘えた鼻声でこう言うのである。

「今日はひとつも売れてないんだよぉ、お願ぁい、買ってぇ。10ドルにまけるからぁ」
「まけるってことはやっぱり贋物なんだろ」
本物だよ! 馬鹿言ってんじゃないよ!

ベトナムの人々というのは、こんな具合にどこか可笑しい。
鬼のように辛辣な交渉ぶりを見せたかと思うと一転、甘えるような声を出したり、時計屋のにいちゃんのように、膚を触れ合わせるかのような親身さをもって近づいてきたりするようなところもある。

ベトナムでは、店先で売られる製品からバイクの部品に至るまで、本物と贋物は同じ地平で扱われ入り混じってけじめというものがない。ベトナム人自身も、その混乱を斬り進む明快な基準というものを持てなくなっている。

ここで本物を見極めようとするとき、ひと筋の光があるとすれば、ベトナム人が時折見せる親切さと正直さだ。僕はなんとかそれを引き出して、ベトナムジッポーの本質に迫らなくてはならない。ということで、ルナ・カフェに集まる在留邦人のひとりから、車庫の隅で死にかけていたというボロ自転車を借り、バイクだらけのサイゴンを僕は走り出したのである。

ベトナムジッポー 7】に続く


写真/シュウ from LUNE CAFE SAIGON

スカイスキャナー


文 太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
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【ベトナムジッポー7】いよいよあの狂乱の渦へ――!?

というわけで、某在留邦人氏の車庫で朽ちかけていた自転車を借りた僕は、サイゴンの町を走り回ってベトナム・ジッポーの謎に迫っていくわけだが、その前に。

ベトナムの車道に出るという行為がどんな行為か、これを読んでくれている奇特な皆さんにはぜひともお伝えしておきたい。

いまどきはちょっと画像なり動画なり検索すれば、いつでも誰でもベトナムの町の様子を目にすることができるわけだが、もしもベトナムを旅する機会があって、ベトナムをより深く理解しようと思ったら、あの怒涛のようなバイクの奔流のただ中に飛び込んでみるべきだ。

といっても、あの激流の中を自らの二本の脚で走る奴がいたらこれは間違いなく狂人であって、自殺行為にほかならない。

saigontraffic.jpg
(サイゴンの街並――00年頃の写真。ブレーキランプが点いていない。つまり赤信号なのにみんなどんどん行っちゃってるのだ。そしてまだヘルメット着用が義務付けられていない)

シクロに乗ってみようかな――などと思ったりする人もいるかもしれないが、あれほどトラブルの多い乗り物はない。まず間違いなくぼったくられる。そういうときは素直に払っちゃ絶対にダメだからね。甘い顔をして言い値を払ってしまうと、日本人観光客全員の危機につながることになるのだから。乗る前に約束した分しか払ってはいけない。そんなわけで、シクロの運ちゃんとは最後、必ず戦うことになる――という経験も含めてベトナムを味わうつもりならそれもいいけれど――、

若干無難なのは「セ・オム」というバイクタクシーだ。ちなみに「セ(xe)」は乗り物を表す言葉で「オム(om)」は「抱く」という意味。「抱く乗り物」と直訳すると何やら鼻息が荒くなってしまうけれども、実際ベトナムには「ビア・オム」というお店があって、そこはつまりビールを飲みながら「抱く」という行為ができるお店なのである。その秘密的心躍る行為を口にする時の「オム」を、バイクタクシーの運ちゃんの背中にしがみつく時にもやはり言うのであるというのが非常になんか抵抗があって……、

話が大いにそれた。

ともあれその「セ・オム」のケツにまたがってベトナムの街を走ってみれば、あの狂騒が狂乱であることが膚で実感できる。ド迫力だ。

ルールもマナーもへったくれもない、まさに無法地帯。耳をつんざくクラクションの嵐。かき氷急いで食ったわけでもないのに頭がキンキンしてくる。右後方から追い越してくるやつがいる。左側からふらふらと接近してくるやつがいる。前でエンスト起こして道のど真ん中でキックペダルを踏んでるやつがいて緊急回避を強いられる。巨大なプロパンガスを何個もくくりつけたバイクが脇道から飛び出してくる。脇に巨大なガラス板抱えて片手でハンドル握ってるやつが走っている。二階に届きそうな貯水タンク的なナニモノカを荷台にくくりつけて走っているのもいる。危なくてしょうがない。

そういうとんでもないのがちょっとした隙間にもうガンガン入ってくる。おっさんもおばちゃんもにいちゃんもキレイなお姉ちゃんも、誰もがみんな前に出ようと躍起になっている。二人乗り、三人乗り……、四人乗り……ご、五人!?

歩道を疾走するやつ、道路わきのガソリンスタンドを抜けて信号をスッ飛ばそうとするやつも1台や2台ではない。

軽い接触など、モスバーガー食うとき具がどばどばこぼれてしまうのと同じくらい普通のことだ。特に膝がヤバい。セオムの運ちゃんは、客である僕の膝まで車幅感覚に入れてはおらず、そのため僕は何度も膝持ってかれそうになる。ぶつかるから痛いし、そのたんび心臓小爆発するし、もうハラハラして呼吸がアガってくる。なんだか気持ち悪くなってさえくる。右に左にせわしなく視線を走らせて、自分で衝突から膝を逃がしてやらなくてはならない。

――という経験を、ベトナムではしてみるべきなのだ。

ベトナム旅行に行ったら「最高~!」とか言っちゃうでしょ。あの渦というか混沌(カオス)というか狂乱のただ中に身をゆだねるならば、その「最高」の旅の味に濃厚なコクが出る。ちなみにレンタルバイクは危険なので借りないようにと日本の外務省が正式に通達を出している。

しまった、前置きが長くなり過ぎた。

そんなベトナムの、しかもサイゴンという、全ベトナム中、最も狂乱の激しい町のその奔流の中を、僕はポンコツ自転車で走り出したのである。ってことで、次回からは必ずベトナム・ジッポーの謎を斬りに行くのだ。

ベトナムジッポー 8】につづく

文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
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【ベトナムジッポー8】目指したのはあの怪しい市場

シュウの店があるマクティブォイ通り(※注1)からでっかいグエンフエ通りに出、人民委員会庁舎を横目に国営デパート(※注2)の側に渡り、ホテルレックスを眺めつつあんなところに泊まれる人の人生なんぞをちょっと思ってみたりしながらリロイ通りに入ると加速するバイクの流れに合わせて本格的にペダルを漕ぎまくる。

NguyenHue.jpg
(グエンフエ通り 02年頃。今ではこれよりずいぶんバイク密度が上がっているようだ)

ちなみに僕が漕いでいるのは、一応形だけはマウンテンバイク的なかっこうをした自転車で、ということはつまり自転車の中でもタフな野郎であるはずなのだが、走り出す際の最初のひと蹴り、立ち漕ぎでぐんと力を入れるとき、どうも車輪かフレームかがぐにゃりと歪む気配を感じるのである。貸してくれた人も、まともに走るかどうかは保証できないと言っていたが、ベトナム製ならでは――ということか。すぐさま故障を予感したが、恐れることはない。

バイク王国のこの国では、二輪の修理屋はそこらじゅうにあるのだ。タイヤチューブが軒先に吊るしてあるところは全部修理屋。もし付近にそれらしいところが見つからなくても、そのへんの誰かに訊けば必ず明快な答えが返ってくる。小学生くらいの子供に訊いても知っている。子供には騙してやろうなんて邪心はないし「おれについて来なよ」なんて気安いしフットワークも軽いから、むしろ頼りにしていい存在だったりする。

またベトナム人は、相手が誰であれバイクなり自転車なりが壊れて困っている人がいたら、とても黙ってはいられない気質を持っているし、その上さらに、部品がないとかそれはうちでは直せないとか言われることがまずない。どんな故障でも大抵なんとかしてくれる。部品がなければあるものを加工してなんとかしてしまうし、あるいはちょっとバイクで出かけてどこからか調達して来てくれたりもする。

ベトナムに限った話ではないが、こういう融通が利いて頼れる気質というものは、普段から日本なんかより不便な生活を強いられている国の人々の方がはるかに発達しているものだ。こうした気質に触れ、助けられるたびに「いやあうちじゃできませんねえ」とか「新しいの買った方が早いですよ」なんて切り捨てられちゃう日本のような国よりも、こういう人たちの国で暮らす方が居心地いいんじゃないの? と思ってしまうのである。

しかしこうした何でも作っちゃう器用さ、柔軟な思考、どうであれ仕事を完遂してしまうタフさや執着心といったものが、そこらじゅうに溢れ返る贋物づくりのエネルギーにもなっちゃってるのかもしれないな……、

なんてことを思いながら四方からバイクの弾丸が乱れ撃ちに飛んでくるロータリーを慎重に抜ける。

と、このあたりはバッグ屋が多かった気がする。ベトナムには欧米のアウトドア用品有名メーカーの工場があって、案外まともなデイパック、バックパックがクソ安い。日本では1万数千円はするMマークのフランスメーカーのものや、山猫だかのなんかの肉球足跡がシンボルになっているあのメーカーの25~30リットルクラスのバックパックが9ドルくらいで買えたものだ――、なんて当時を懐かしんで余計なことまで書きたくなってしまう。本題に戻ろう。

馴染み深いファングーラオからデタム通りへ抜けつつシンカフェあたりを外国人旅行者たちがうろつくさまになぜか胸をときめかせながら、グエンタイホックのでっかくて埃っぽくて殺伐とした通りに出、そこから小さな住宅が立ち並ぶ細い通りに入って何度か曲がり、路上に捨てられたゴミがやたらと目について、なぜかそこだけ人通りが多くなるあたりに突然現れるのがヤンシン市場だ。

サイゴン観光の目玉であるベンタイン市場にしろ、怪しさ満点チョロンのビンタイ市場にしろ、いずれも市場前には広大なスペースがあって、そこには屋台やカフェが出ていたり、荷物運搬を引き受ける人力及び発動機つきシクロの客待ちがごっちゃりいたりして、市場に近づくずいぶん前から鼻息が荒くなる構造になっているのだが、ヤンシン市場は小さな入り口がひっそりと口を開けているばかり。しかも、なんでもない細い通りに突然現れるから、何度訪れても「あれ、ここだっけ?」なんて思ってしまう。

しかし一歩中に足を踏み入れると、洞穴のように暗く、蟻の巣のように複雑な迷路を形成し、どこまで続くともしれない深さなのである。そして何よりこの市場が特殊なのは、置いてある品物が他の市場とまるで違う点にある。

何が違うのか、どういう雰囲気なのか――それは次回、【ベトナムジッポー 9】でお話しするとしよう。

(注1…移転を繰り返し、今はここにあるらしい ⇒ https://www.facebook.com/pages/Luna-Coffee/385683694949963?pnref=story.unseen-section&rf=1515336312013026

(注2…だいぶ前に閉店して、今は何になっているのか知らない)

スカイスキャナー


文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
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