【ベトナムジッポー9】潜入、ヤンシン市場!

ヤンシン市場の内部に踏み込んでまず感じるのは、異様な暗さだ。市場はおそらく無秩序無節操な増殖延伸を繰り返して来たのに違いなく、しかしその途上で誰ひとり採光については気に留めなかったのだろう。照明も少ない。配線も貧弱なのに違いない。

穴倉のようなその中に、大小無数の店がひしめき合っているのだが、目につくのは工具や道具、素材、部材、部品を扱うハードウェアの店か、ミリタリー系のジャンクを扱う店のどちらかだ。

つまり、ショーケースには鈍く光るドライバーやレンチセットを並べ、軒先にチェーンやゴッツイ滑車やフックをぶら下げ、店先の仕切りを入れた木箱の中には無数のボルトやナットやワッシャーや電気部品が詰め込んである店か――、

はたまた戦闘服、戦闘ズボン、防寒着、ボディアーマー、メッシュのベスト等々が壁一面に吊り下げられ、その下にヘルメットやジャングルブーツやアリスパックが山積みされていて、

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さらにその下、テーブルの上に無数のホイッスル、フラッシュライト、コンパス、弾薬箱に空薬莢、束ねられた米兵のドッグタグ、戦闘車輛か航空機かはわからないが取り外して持ってきたとおぼしき各種メーター類やスイッチ類……。

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(ひと目見てインチキとわかる物と、本物に見える物とがせめぎ合っている)

果てはどう見ても一般アメリカ人の、家族のスナップにしか見えない写真をごっそり束ねたやつーーつまり、米兵の死体から分捕ってきたのではないかと思わせるような写真の束をーー、いくつも山にして置いてあるという、そういう店かのどちらかだ。

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(この女性はベトナム人だと思う。戦闘服を着てポーズを取っている理由について、いろんな憶測をしてしまう。ともあれ実にエグイ)

そうした店ばかりがひっそりと、暗い迷路の中に並んでいるのである。ベンタインやビンタイに満ち溢れているような活気や華やかさはこれっぽっちもない。陰気で武骨でひたすら静かなのである。「ねえねえお土産にベトナムコーヒーどうかしら?」「ちょっと待って、この竹で作ったとんぼかわいい~!」みたいな声はどこからも聞こえてこないのである。

さて、ミリタリージャンクを扱う店はここには数多いが、実は眉唾ものだらけだ。ベトナム戦争が終わった当初は、本当に戦場を漁って手に入れてきたジャンクが取引されていたのだろうが、さすがにもう品薄なのだろう。おそらく欠品を補うために贋物が仕入れられている。ここでも本物と贋物がしのぎを削っているのである。そして年々、贋物の割合の方が増えているに違いない。

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(生理食塩水のアンプルがナマナマしい)

その中で一軒だけ信用できそうだと僕なりに目星をつけた店があって、実は僕がベトナムジッポーをはじめて買い求めたのがこの店だ。他の店の邪魔にならないようにひっそりと隅っこで営業を始めましたというようなたたずまいの、小さな間口の店である。
オリーブドラブのストラップだのホルスターだの水筒だのナニヤラだのが頭の上にわさわさぶら下げられ、その下に小さなショーケースが置かれていて、暗い蛍光灯の下時計やナイフやベトナムジッポーがひっそりうっすらと光っている。そんな店だ。

ちょっとインテリっぽい雰囲気の無口な若者ふたりが店番をしていて、それだけでもうアオババのヤリ手婆が出てくる店とは趣が違うのだが、僕がはじめてこの店の前を通りかかった時、ふたりの若者は一個のジッポーを前にしてなにやらひそひそ話をしていた。

僕はふらふらとショーケースに近寄って、中に並んでいるジッポーを眺め、顔を上げてわざと失礼なことを言ってみたのである。

――ここに並んでるのって、全部贋物だよね――。

すると眼鏡のインテリにいちゃんはちょっとムッとした表情をしたのである。

【ベトナムジッポー10】につづく

(※02年頃のお話。現在の状況と違っているところもかなりあると思われる)

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文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
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