【ベトナムジッポー8】目指したのはあの怪しい市場

シュウの店があるマクティブォイ通り(※注1)からでっかいグエンフエ通りに出、人民委員会庁舎を横目に国営デパート(※注2)の側に渡り、ホテルレックスを眺めつつあんなところに泊まれる人の人生なんぞをちょっと思ってみたりしながらリロイ通りに入ると加速するバイクの流れに合わせて本格的にペダルを漕ぎまくる。

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(グエンフエ通り 02年頃。今ではこれよりずいぶんバイク密度が上がっているようだ)

ちなみに僕が漕いでいるのは、一応形だけはマウンテンバイク的なかっこうをした自転車で、ということはつまり自転車の中でもタフな野郎であるはずなのだが、走り出す際の最初のひと蹴り、立ち漕ぎでぐんと力を入れるとき、どうも車輪かフレームかがぐにゃりと歪む気配を感じるのである。貸してくれた人も、まともに走るかどうかは保証できないと言っていたが、ベトナム製ならでは――ということか。すぐさま故障を予感したが、恐れることはない。

バイク王国のこの国では、二輪の修理屋はそこらじゅうにあるのだ。タイヤチューブが軒先に吊るしてあるところは全部修理屋。もし付近にそれらしいところが見つからなくても、そのへんの誰かに訊けば必ず明快な答えが返ってくる。小学生くらいの子供に訊いても知っている。子供には騙してやろうなんて邪心はないし「おれについて来なよ」なんて気安いしフットワークも軽いから、むしろ頼りにしていい存在だったりする。

またベトナム人は、相手が誰であれバイクなり自転車なりが壊れて困っている人がいたら、とても黙ってはいられない気質を持っているし、その上さらに、部品がないとかそれはうちでは直せないとか言われることがまずない。どんな故障でも大抵なんとかしてくれる。部品がなければあるものを加工してなんとかしてしまうし、あるいはちょっとバイクで出かけてどこからか調達して来てくれたりもする。

ベトナムに限った話ではないが、こういう融通が利いて頼れる気質というものは、普段から日本なんかより不便な生活を強いられている国の人々の方がはるかに発達しているものだ。こうした気質に触れ、助けられるたびに「いやあうちじゃできませんねえ」とか「新しいの買った方が早いですよ」なんて切り捨てられちゃう日本のような国よりも、こういう人たちの国で暮らす方が居心地いいんじゃないの? と思ってしまうのである。

しかしこうした何でも作っちゃう器用さ、柔軟な思考、どうであれ仕事を完遂してしまうタフさや執着心といったものが、そこらじゅうに溢れ返る贋物づくりのエネルギーにもなっちゃってるのかもしれないな……、

なんてことを思いながら四方からバイクの弾丸が乱れ撃ちに飛んでくるロータリーを慎重に抜ける。

と、このあたりはバッグ屋が多かった気がする。ベトナムには欧米のアウトドア用品有名メーカーの工場があって、案外まともなデイパック、バックパックがクソ安い。日本では1万数千円はするMマークのフランスメーカーのものや、山猫だかのなんかの肉球足跡がシンボルになっているあのメーカーの25~30リットルクラスのバックパックが9ドルくらいで買えたものだ――、なんて当時を懐かしんで余計なことまで書きたくなってしまう。本題に戻ろう。

馴染み深いファングーラオからデタム通りへ抜けつつシンカフェあたりを外国人旅行者たちがうろつくさまになぜか胸をときめかせながら、グエンタイホックのでっかくて埃っぽくて殺伐とした通りに出、そこから小さな住宅が立ち並ぶ細い通りに入って何度か曲がり、路上に捨てられたゴミがやたらと目について、なぜかそこだけ人通りが多くなるあたりに突然現れるのがヤンシン市場だ。

サイゴン観光の目玉であるベンタイン市場にしろ、怪しさ満点チョロンのビンタイ市場にしろ、いずれも市場前には広大なスペースがあって、そこには屋台やカフェが出ていたり、荷物運搬を引き受ける人力及び発動機つきシクロの客待ちがごっちゃりいたりして、市場に近づくずいぶん前から鼻息が荒くなる構造になっているのだが、ヤンシン市場は小さな入り口がひっそりと口を開けているばかり。しかも、なんでもない細い通りに突然現れるから、何度訪れても「あれ、ここだっけ?」なんて思ってしまう。

しかし一歩中に足を踏み入れると、洞穴のように暗く、蟻の巣のように複雑な迷路を形成し、どこまで続くともしれない深さなのである。そして何よりこの市場が特殊なのは、置いてある品物が他の市場とまるで違う点にある。

何が違うのか、どういう雰囲気なのか――それは次回、【ベトナムジッポー 9】でお話しするとしよう。

(注1…移転を繰り返し、今はここにあるらしい ⇒ https://www.facebook.com/pages/Luna-Coffee/385683694949963?pnref=story.unseen-section&rf=1515336312013026

(注2…だいぶ前に閉店して、今は何になっているのか知らない)

スカイスキャナー


文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
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