【ベトナムジッポー7】いよいよあの狂乱の渦へ――!?

というわけで、某在留邦人氏の車庫で朽ちかけていた自転車を借りた僕は、サイゴンの町を走り回ってベトナム・ジッポーの謎に迫っていくわけだが、その前に。

ベトナムの車道に出るという行為がどんな行為か、これを読んでくれている奇特な皆さんにはぜひともお伝えしておきたい。

いまどきはちょっと画像なり動画なり検索すれば、いつでも誰でもベトナムの町の様子を目にすることができるわけだが、もしもベトナムを旅する機会があって、ベトナムをより深く理解しようと思ったら、あの怒涛のようなバイクの奔流のただ中に飛び込んでみるべきだ。

といっても、あの激流の中を自らの二本の脚で走る奴がいたらこれは間違いなく狂人であって、自殺行為にほかならない。

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(サイゴンの街並――00年頃の写真。ブレーキランプが点いていない。つまり赤信号なのにみんなどんどん行っちゃってるのだ。そしてまだヘルメット着用が義務付けられていない)

シクロに乗ってみようかな――などと思ったりする人もいるかもしれないが、あれほどトラブルの多い乗り物はない。まず間違いなくぼったくられる。そういうときは素直に払っちゃ絶対にダメだからね。甘い顔をして言い値を払ってしまうと、日本人観光客全員の危機につながることになるのだから。乗る前に約束した分しか払ってはいけない。そんなわけで、シクロの運ちゃんとは最後、必ず戦うことになる――という経験も含めてベトナムを味わうつもりならそれもいいけれど――、

若干無難なのは「セ・オム」というバイクタクシーだ。ちなみに「セ(xe)」は乗り物を表す言葉で「オム(om)」は「抱く」という意味。「抱く乗り物」と直訳すると何やら鼻息が荒くなってしまうけれども、実際ベトナムには「ビア・オム」というお店があって、そこはつまりビールを飲みながら「抱く」という行為ができるお店なのである。その秘密的心躍る行為を口にする時の「オム」を、バイクタクシーの運ちゃんの背中にしがみつく時にもやはり言うのであるというのが非常になんか抵抗があって……、

話が大いにそれた。

ともあれその「セ・オム」のケツにまたがってベトナムの街を走ってみれば、あの狂騒が狂乱であることが膚で実感できる。ド迫力だ。

ルールもマナーもへったくれもない、まさに無法地帯。耳をつんざくクラクションの嵐。かき氷急いで食ったわけでもないのに頭がキンキンしてくる。右後方から追い越してくるやつがいる。左側からふらふらと接近してくるやつがいる。前でエンスト起こして道のど真ん中でキックペダルを踏んでるやつがいて緊急回避を強いられる。巨大なプロパンガスを何個もくくりつけたバイクが脇道から飛び出してくる。脇に巨大なガラス板抱えて片手でハンドル握ってるやつが走っている。二階に届きそうな貯水タンク的なナニモノカを荷台にくくりつけて走っているのもいる。危なくてしょうがない。

そういうとんでもないのがちょっとした隙間にもうガンガン入ってくる。おっさんもおばちゃんもにいちゃんもキレイなお姉ちゃんも、誰もがみんな前に出ようと躍起になっている。二人乗り、三人乗り……、四人乗り……ご、五人!?

歩道を疾走するやつ、道路わきのガソリンスタンドを抜けて信号をスッ飛ばそうとするやつも1台や2台ではない。

軽い接触など、モスバーガー食うとき具がどばどばこぼれてしまうのと同じくらい普通のことだ。特に膝がヤバい。セオムの運ちゃんは、客である僕の膝まで車幅感覚に入れてはおらず、そのため僕は何度も膝持ってかれそうになる。ぶつかるから痛いし、そのたんび心臓小爆発するし、もうハラハラして呼吸がアガってくる。なんだか気持ち悪くなってさえくる。右に左にせわしなく視線を走らせて、自分で衝突から膝を逃がしてやらなくてはならない。

――という経験を、ベトナムではしてみるべきなのだ。

ベトナム旅行に行ったら「最高~!」とか言っちゃうでしょ。あの渦というか混沌(カオス)というか狂乱のただ中に身をゆだねるならば、その「最高」の旅の味に濃厚なコクが出る。ちなみにレンタルバイクは危険なので借りないようにと日本の外務省が正式に通達を出している。

しまった、前置きが長くなり過ぎた。

そんなベトナムの、しかもサイゴンという、全ベトナム中、最も狂乱の激しい町のその奔流の中を、僕はポンコツ自転車で走り出したのである。ってことで、次回からは必ずベトナム・ジッポーの謎を斬りに行くのだ。

ベトナムジッポー 8】につづく

文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
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