
(ベトナムにはシエスタの習慣がある。おばちゃんが来ているのが『アオババ』)
またこんなこともある。
店先でいいなと思う商品を眺めていると、ハイ来たおばちゃん登場。ひっつめ頭にアオババというパジャマみたいな着物を着て、サンダル履きで現れる店の女将(おかみ)だ。
「これいくら?」
「いくらなら買う?」
「……5ドルくらいかな」
「5ドル!? 冗談じゃないよ!」
いくらなら買う? と訊くから自分の値踏みで答えたのに「そんな値段言いやがってお前は馬鹿なのか!? 」的なリアクションで来るところが腹立たしい。
「じゃあいくらなのよ」
「12ドル」
「マックァ~!(高い)」
サイゴンに到着して最初にシュウから教わったのがこの「マックァ~!」というベトナム語。こいつを思いきりしかめっ面で叫べと。どんな買い物をするときも必ずやれと言われた。そうしておいて相手がひるんだところで値段交渉にとりかかるのだと教わったのだが、女将にひるんだ気配はない。
「だってそれ本物なの?」
「本物に決まってるだろ! だから高いのさ!」
おととい来やがれとでもいうように失礼な手振りで追い払われる。
ところが翌日顔を出すと、女将は作り笑顔でいそいそやって来て、ちょっと甘えた鼻声でこう言うのである。
「今日はひとつも売れてないんだよぉ、お願ぁい、買ってぇ。10ドルにまけるからぁ」
「まけるってことはやっぱり贋物なんだろ」
「本物だよ! 馬鹿言ってんじゃないよ!」
ベトナムの人々というのは、こんな具合にどこか可笑しい。
鬼のように辛辣な交渉ぶりを見せたかと思うと一転、甘えるような声を出したり、時計屋のにいちゃんのように、膚を触れ合わせるかのような親身さをもって近づいてきたりするようなところもある。
ベトナムでは、店先で売られる製品からバイクの部品に至るまで、本物と贋物は同じ地平で扱われ入り混じってけじめというものがない。ベトナム人自身も、その混乱を斬り進む明快な基準というものを持てなくなっている。
ここで本物を見極めようとするとき、ひと筋の光があるとすれば、ベトナム人が時折見せる親切さと正直さだ。僕はなんとかそれを引き出して、ベトナムジッポーの本質に迫らなくてはならない。ということで、ルナ・カフェに集まる在留邦人のひとりから、車庫の隅で死にかけていたというボロ自転車を借り、バイクだらけのサイゴンを僕は走り出したのである。
【ベトナムジッポー 7】に続く
写真/シュウ from LUNE CAFE SAIGON
スカイスキャナー

文 太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
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