プロローグ ーーベトナムジッポーの謎を斬る前に

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98年にちょっと過酷な旅をして以来いくらか縁ができ、ベトナムには何度か繰り返し訪れることになったのだが――、

これからお話しするのはベトナムという、何につけても嘘だかホントだかわからぬ手強い国で売られている『ベトナム・ジッポー』なるものについて現地で実際に数多くのものを自分の目で見、自分の手で触れ、聞き込み、その過程で発見した――誰かわからないけれどもおそらくベトナムジッポーの一愛好家が書いたであろう――レポートの内容からの情報と、それをまとめるまでの行動と経緯の全記録である。

もしもこれを読む方が『ベトナム・ジッポー』をこれから買い求めようとする奇特な方であるならば、果たして目星をつけたブツが本物か否か、ここに掲載する情報がその判断の一助となることを切に願うものではあるけれども、ベトナムジッポーなるものの真贋はさまざまな要素を個別的に評価し、最終的にそれを総合して判断しれなければならないという複雑怪奇な事情を負っている。

そこがまた実にベトナム的で面白いと僕は思っているのだが、ともあれ、どういう事情でそういうことになっているのか、ぜひこのブログを最後までお読みいただいて、読者の皆さん自身で判断していただきたい。

なお、僕がこの調査を行ったのは02年のことであり、旅行情報やベトナムの情勢、町の光景などは、今ではずいぶん変わってしまったことをお断りしておかなくてはならない。

スカイスキャナー

文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
パラオの某ダイブショップにマネージャーとして勤務していたが6年目にして発作的に退職、日本に帰らずそのままインドシナ半島放浪の旅へ。フラフラになったところをベトナムにとどめをさされ帰国。
1年半引きこもってパラオでの体験を書き、半年かけて出版社に売り込んで回ったら本当に出してもらえるという奇跡が起きた。それがダイバーはパラオの海をめざす
以降ライター・文筆家として活動。エッセイ、取材記事、ガイドブックやパンフレット、マニュアル、宣伝用の文章からメルマガまで文章ならなんでも書く。
接触を試みたい方はこちら⇒daijooob@gmail.com



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【ベトナムジッポー1】すべての男はモノ好きである

サイゴン(ホーチミン・シティ)ならドンコイ通り、あるいは国営デパートの1階、ハノイならホアンキエム湖周辺を歩くと、歩道際まで押し出されたショーケースの中に、古いジッポー・ライターが並んでいるのを、あちこちで見ることができる。(※注1)

それはベトナム戦争当時、兵士たちが実際に使っていたと言われるライターだ。

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(ベトナムを南北に分けていた北緯17度線で蓋が開くようになっている)

それぞれのボディの表面には、さまざまな彫りこみや刻印が施されている。派遣期間や派遣地、部隊のシンボルマーク。呪いや絶望や皮肉や、はたまた希望や祈り、ナンパの文句まである。それを携行した兵士が思いのたけを刻み込んだものだ。スヌーピーやミッキーマウスや拙い裸の女が彫り付けられているものもある。
そうしたライターがいたるところで、ショーケースの中で静かに鈍く光っているのである。

ベトナムを訪れるたび、そいつを街角で目にするたび、ずっと気になっていた。
たいていの男なら気になるはずである。なぜなら――、

すべての男はモノ好きなのである。

コンビニや書店の雑誌コーナーを思い出してほしい。時計、カメラ、バイク、ナイフ、デジタル機器、靴、バッグ、モデルガン……、男性向け雑誌はどれも、モノカタログばかりではないか。

そして、そんな男たちが信奉するモノの中でも、最も熱いモノ――。
それは、過酷な状況を生き抜くための機能を備えたタフな道具(ツール)たちだ。
たとえば男が時計を選ぶとき――そんなことありえないのに――、ふいに文明から隔絶された環境に放り出された状況を想定してみたりする。そして、20気圧防水機能やらコンパスやらGPSやら国際救難信号発信装置やらが(そんなものがあるかどうかは知らないが)ついている時計を見つけては、ひとり何度もうなずいてみたりするのである。

ZIPPO社のオイルライターときたら、そんな男たちがずっと愛し続けてきたタフなツールの代表選手だ。金属製の無骨な四角いケースに、これまた金属製のオイルタンクと風防つきの着火装置がはめ込んであるだけのシンプルにして質実剛健、堅牢無比なタフガイ。“Try the fan test”のキャッチコピーでわかるとおり、風の中でも必ず着火し消えることがないというのが謳い文句のライターだ。
使ったことのない人はたった一度でいい、こいつを墓参りで使ってみてほしい。即座にポケットの100円ガスライターを、地平線のかなたかあるいは本堂の屋根までぶん投げたくなるはずだ。

戦場で胸ポケットに入れておいたジッポーが弾丸を受け止めてくれたおかげで命拾いしたという伝説があったり、果ては、スコップとしても使えた! などという話もどっかから聞こえてきたりして、それはもう座敷わらしとか錬金術とかと同じレベルで信奉されているツールなのである。

そしてさらに、それがベトナム戦争にゆかりあるモノだときたらこれはもう――僕と同世代の男ならば特に――、こみ上げるナニモノかがあって、どうしようもなくなってしまうのである。

なぜかっつーと――、

【ベトナムジッポー 2】につづく。

(注1……2002年頃の事情である。現在国営デパートは閉店、ドンコイ通りの怪しい土産物店も姿を消した。ハノイの事情はよく知らない)

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文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)
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posted by 太田耕輔 at 08:10Comment(0)日記

【ベトナムジッポー2】ベトナムジッポーを愛する理由

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母親にご飯だよと呼ばれて小学生の僕が食卓に着く。

当時――1960年代後半から70年代前半にかけて――、テレビを見ながら家族揃って(場合によっては親父除く)晩餐というのが日本の家庭の正しい姿であった。

夕方6時から7時頃といえば今も夕刻のニュースの時間だが、当時、楽しいはずの夕餉の向こう、ブラウン管に映るのは、決まってベトナム戦争の惨状だった。
後に映画 “地獄の黙示録” で脳裏に焼き付けられることになるあのUH-1型ヘリコプター。投下される大量の爆弾。ジャングルを焼くナパームの炎。ラッキーストライクの箱をヘルメットに挟んだ米兵。炎を吹き上げる家。泣き叫ぶベトナムの老女や子供たち――。

そういう光景を、ものごころついた時から小学校を卒業するまで毎日、夕食時に見せられて育ったのが僕ら世代なのである。大人になった今、あのベトナムを思い出させるものを目にしあるいはそうしたものに触れるとき、な~んにも感じずにいられる方が異常というものだ。

というわけで僕は、サイゴンの街角であるいは市場の暗い片隅で、ベトナム・ジッポーが並べられたショーケースの前では必ず足を止め目を瞠り、買おうか買うまいか迷っていたのである。

簡単に手が出せないのにもまた理由がある。ベトナムの市場を覗いてみれば、それはすぐにおわかりいただける。

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(チョロンのビンタイ市場で発見 謎のキャラクター。あえて謎と言いたい)

たとえばそのへん、暗い一隅に無造作に置かれているキャリーバッグ。そのど真ん中に『Nokia』のロゴがデカデカとついている。フィンランドの世界的通信機器メーカーが、こんなダッサいキャリーバッグなど作るわけがないのだが。
金物屋の店先に山積みになっている安っぽいプラスチックのトレー。見るとでかでかと『ADSL』と印刷されたラベルが貼ってある。大容量通信サービスとプラのお盆になんの脈絡があるのかはわからない。
さらに見渡すと、スポーツウェアを扱う店の軒先に吊るされたテニス帽。手に取ってみると『FILA』『ellesse』『NIKE』『Prince』『adidas』5つのブランド名の刺繍タグが全部、帽子をぐるりと縁取るように縫い付けられている。もう何がしたいのかわからない。

こんなふうにベトナム製品は侮れないのである。ニセモノがそこらじゅうに氾濫、横行し、ホンモノを圧倒し笑い倒している状態なのである。その上ベトナムには「定価」もしくは「適正価格」という概念がない。「いくら?」と訊くと「いくらなら買う?」とくる。腹立たしいことこの上もない。モノの価値というものがまるで踏みにじられている。

男はモノに込められた機能を愛するのである。機能に裏付けられたデザインを愛するのである。質実剛健なタフネスを愛し、風の中で確実に着火する信頼性を愛するのである。それが表れた堅い直線を愛し、手になじむ曲線に身悶えし、蓋が開く音に身震いし、着火音に昇天するのである。

自分の目で選び抜いたツール。確かなもの、価値あるものを自分が選んだという誇りに価値を見出し、正当な対価を払い、愛するのである。

したがって贋物と分かった途端愛は冷める。贋物を掴まされたと知ることは、プライドの崩壊そのものだ。これほど許しがたいことは男にとって他にない。贋物でいいなどと、男なら決して言ってはならない。そんな安っぽい男であってはならない。

ベトナムという国がいつ寝首を搔かれるかわからない油断のならない国であることは重々知りつつ、しかしながらついにあるとき、我慢できずに僕はジッポーライターをひとつ買ってしまったのである。

ベトナムジッポー 3】につづく。

スカイスキャナー

文/写真    太田耕輔(ライター・文筆家)

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